
「悪魔祓い」の舞
―今市場の獅子芝居― 10月15日(日)、秋晴れの昼下がり。 朝熊神社(布袋今市場)の境内本社前、「舞殿」には木漏れ日が差し込んでいた。そこへ黒の紋付姿9名の一団がやってきた。何事が始まるのだろう、境内にいた人々は興味津々。関市の「中部獅子劇団」澤村悦司一座の一行である。
今市場のお祭りのメインイベントは、獅子舞と獅子芝居。その獅子芝居も後継者不足で、今は三口鎌光さんただ一人。獅子芝居を演ずるときは、関市から澤村一座の応援を受けているのである。
一行は、舞殿の端に獅子頭、大太鼓、小太鼓、拍子木と並べていった。準備完了、後は町内を練り歩いている屋形を待つのみ。 しばらくして、テンテンテンと祭り気分をあおるお囃子が聞こえてきたかと思うと、町内を巡回していた、子ども神輿と屋台の一行が到着した。屋台は新調したばかりで、まばゆいばかりの金ぴかだ。あっという間に境内は見物客で膨れ上がっていた。
舞台が整ったところでいよいよ澤村一座の出番。まず、「悪魔祓い」の舞の奉納。 テンテンテン テンテコテンテン…。リズミカルな太鼓の響、笛の音が境内に広がった。と同時にリズムに合わせて獅子の舞。悪魔祓いの舞である。終わると舞台を取り巻いている大勢の人々の拍手の嵐。こうして神前での悪魔祓いの奉納が終わったのである。 引き続き獅子芝居。外題は忠臣蔵より三段目「お軽と勘平の道行」。 楽屋の大太鼓、小太鼓、笛、歌、拍子木、せりふに合わせて演じるのはただ一人、獅子頭をかぶった演者である。楽屋衆と演者は阿吽の呼吸でどんぴしゃ。小気味良い。演者は、一人で何役もこなすのだから大変。時に勘平、時にお軽、そしてその場面場面の表情を演ずる。生き生きとした表情、何とも不思議、観客は固唾を呑んで見守っていた。 芝居はクライマックスを迎える。舞い殿の四方から一斉におひねりが飛ぶ。まさに劇場演劇である。 「獅子頭は雌獅子、女形、男が女らしゅうやる、それも表情が生きとるようにやるのは難しい」。後で演者に聞いた話である。
県無形文化財にも指定されている今市場の獅子芝居、この伝統芸能を絶やさないようにと、3年前から子ども会が参加することになった。お囃子の練習を譜面「昼 道行」を見ながら土曜日ごとに今市場の公会堂で練習をしている。 今日は練習の成果を発表する晴れ舞台。 テントンタン テンテコ…。一座に勝るとも劣らない子どもたちの演奏。これが祭りのフィナーレであった。見物客からの大きな拍手に子どもたちは満足げであった。
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お祭り前に三ッ口さんにお話を伺った。
伝統芸能が消滅の憂き目を見るようになったのは伊勢湾台風後とのこと。世の中が高度経済成長に向かう頃である。娯楽も価値観も急速に変わっていった。 今市場にも大きな変化が訪れた。当時今市場の戸数は約35戸。それ以後どんどん増え、現在は約400戸。10倍である。
「若い衆」の組織が消滅したのも同じ頃。「若い衆」の組織があった頃は、15歳になると誰もが組織に入り、そこで獅子舞の何かをやることになった。笛、大太鼓、小太鼓…と。三ッ口さんは獅子舞をやることになった。
なお、昔の祭りの賑わいは桁違い、圧巻だった、と懐かしそうに語ってくれた。 当時は、力長の若宮神社に、安良、今市場、力長の3集落が集結したのものだ。そして大勢の村人が集まり、それはそれは賑やかなものであった。古文書にもそのことが記されていた。 …三ヶ村より一日にひき渡す故、殊に群集おびただしく、社内にあふるるまでの賑合なり
(安藤)
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