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ゆっくり遍路ひとり旅(13)
名物さば寿司と豚のしゃぶしゃぶで元気モリモリ!

仙遊寺仁王門
 円明寺(えんみょうじ)から第54番・延命寺(えんめいじ)までが35キロメートルとすこし遠い。
 松山市から北条市、菊間町、大西町を経て今治市へと、瀬戸内海沿いに来島大橋をめざして歩くことになる。
 ぜひ寄ってみるようにと遍路先達から教えられていた国道196号沿いに海に突き出すように店を構える『海賊うどん』があった。小さな店だが、究極の素材を最高の業でしあげた名物さば寿司、その朝手づくりの新鮮さが自慢で地元のテレビ局、新聞、雑誌に掲載された有名な店のようで、演歌歌手・鳥羽一郎も絶賛との事で、サイン色紙が飾ってあったが・・・なるほど、サスガ美味であった。

 第55番・南光坊は、寺の位置を見間違い、第一病院の角を一つ早く曲がりすぎて、道に迷った。
 わたしの確認ミスだが、地図のまぎらわしい表示でわたし以外にも勘違いする人がいるのではないか。JR今治駅周辺図も、実際には駅前開発で道路状況が変わっているのに地図は昔のまま、道しるべも無いから、初めての遍路は途方にくれる。
 お参りを済ませ納経所へ立ち寄るとちょうど団体の遍路客が引いた後で、わたし一人であった。ついつい話が弾んだのだが、納経帳を紛失した時にはと住所・氏名を書いた方がよろしいという話しになり、字の下手なわたしであるので、書いてもらえないかと頼んだところ快く引き受け達筆で書いてもらった。
 道を間違えたお陰で、思ってもいないご縁が出来たのだが、その二日後に民宿で納経帳の確認をしていたら、その55番札所の納経が未記入である事が分った。翌日宿に荷物を預け、伊予西条から今治まで一番の電車で行き、タクシーで南光坊まで納経記入をしてもらいに出かけたのだが、恐縮しきり・・・改めて住所氏名を聞かれ、帰宅後間もなく丁重な詫び状とちょっとした記念品を送ってきた。

 第58番・仙遊寺(せんゆうじ)は予想外の山登りと坂道で面食らったが、標高の高い境内は眺望抜群で、瀬戸内海の多島美と今治市内の大パノラマを見渡す事ができる。 ここの仁王門は金剛力士像のたくましい造形美がすばらしい。勇壮な力士像の迫力に圧倒されそうだ。仙遊寺住職は「現代は、子離れのできない親、親離れのできない子がうようよいる混迷の時代だ」という。そんな時代だからこそ、宗教家として社会貢献ができるチャンスが与えられていると、引きこもりの若者に自立心を植え付けるため寺で修行をさせたりしているようだ。
 仙遊寺の宿坊に泊った遍路仲間は、住職の話に感銘を受けたようである。
 ・・・・・その日わたくしは、今治市内の今治湯ノ浦ハイツに泊り、遍路料金7500円也で、ゴージャスな料理と温泉に、疲れた身体を癒した。

 翌日は、第60番札所・横峯寺(よこみねじ)を目指したのだが、昼食で立ち寄ったうどん屋の女将さんからこの時間では横峯寺への登坂はとてもムリだから、先に小松市内の61番から64番の全長5キロメートルほどの間にある寺を先に廻りきった方がよろしいとのことで、午後からゆっくりとお参りする事とした。
 第61番・香園寺(こうおんじ)には驚いた、、、鉄筋コンクリート造りの大きな大聖堂が壮観だ。まるで市民文化会館かと思う。1階が大聖堂で、2階が本堂と大師堂。本堂の祭壇には金に輝く大日如来が祀られていて、700席近い席があるため座ったままお参りが出来る。また安産祈願の寺として全国的に知られ、別名「子安(こやす)の大師さん」との事である。
 第64番・前神寺(まえがみじ)の参詣を終え、小松市内に戻り、これも遍路先達から聞いた肉屋の経営している民宿「ビジネス旅館小松」に宿泊。夕食には、うわさ以上の大ご馳走・・・牛肉の刺身、しぐれ煮、豚のしゃぶしゃぶは・・・エっ!これで一人前とビックリするくらい、大皿一杯に盛り付けてある。
 それをキレイに平らげてしまった・・・これじゃやっぱり、痩せられそうになさそうだ。宿は木賃宿といった感じでとても立派とは言えないが、肉をタラフク食わせてくれる遍路宿は、四国中探しても他になかろう。
 翌日の横峯寺への女将さん手づくりのマップと昼飯にとおにぎりとお惣菜の心のこもった接待をいただいた。  感謝


     

(奥村)
海賊うどん 南光坊仁王門 香園寺大聖堂