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ゆっくり遍路ひとり旅(6) ♪土佐の高知のはりまや橋で♪

竹林寺五重塔
 2回目のお遍路に出て8日目だが、左足小指のマメの治療効果が現れ痛みが軽減して歩くのに随分と楽になった。
 この日は高知市の町の中心部を縦断して歩いていると犬を2匹連れた老人にお茶の接待をしたいと持ちかけられた。この近所の方かと思ったが近くにワゴン車が停められており、その中へ招き入れられた。高知市内の釣具店のご主人で色々なお遍路さんとの出会いが楽しみとの由、宗教の話し、お釈迦様の話、山之内一豊の連れてきた家来の話、坂本竜馬の話と尽きない・・・お茶の接待を受け思わず30分ほど話し込んでしまった。
 
 31番札所・竹林寺山門は重厚な建築物で豪壮そのもの、熊谷寺の山門も見事であったが、それに優るとも劣らない。昭和55年に建立された鎌倉様式総檜造りの高知県唯一の五重塔だそうだが、桜の花とのコントラストは見事なものであった。ここでは母子連れのお遍路に出会った。
 竹林寺は高知県民謡「よさこい節」で
        土佐の高知のはりまや橋で
             坊さんかんざし買うを見た・・・♪・・・・・・
と唄われた坊さんの純信(じゅんしん)がいた寺という。37歳の修行僧だった純信と17歳の町娘おうまは関所を破って駆け落ちするが、愛媛県川之江付近で捕まったようだ。純信は入牢のあと国外追放で土佐へ帰れず、おうまは連れ戻されて謹慎という悲恋物語が秘められている。
 
 この日は当初計画ではこの年のNHK連続テレビドラマの主人公の夫である山之内一豊の築いた高知城を見学する事と、はりまや橋近くの有名な酔鯨亭で鯨料理のコースを食したいとの思いでいたのだが、余りに物見遊山ではと、やむを得ず取りやめる事とした。
 その竹林寺から次の第32番・禅師峰寺(ぜんじぶじ)への途中、下田川堤防の道でふりかえると、新緑の五台山上に聳える竹林寺五重塔がこれまた絵になる景観であり、ふりむいて儲けた感じ。遍路道を登りつめ禅師峰寺に到着したのは、12時を廻っていた。どこかで食事を取れるところがあるとは思ったが、心配でお寺の階段で草餅を売っていたのでそれを購入、然しこれが大正解・・・行けども行けども食堂は無くとうとう1時半になってしまい、諦めて草餅を食べて昼食とした。

 禅師峰寺から第33番・雪蹊寺(せっけいじ)への道は、浦戸湾東岸で二つに分かれる。一つは種崎渡船場から対岸の梶ヶ浦渡船場まで県営の連絡船(無料)で浦戸湾を渡るコース。もう一つは、浦戸大橋を渡って桂浜のある竜頭崎へ出るコース。この日は疲労困憊で余裕無く、竜頭崎の高台にある坂本竜馬記念館や桂浜の坂本竜馬像を見て見たいと後ろ髪を轢かれたが前者の楽なコースを選択することにした。

 渡船場の待合室では兵庫の定年退職をしたばかりという松浦さんに出会い雪蹊寺までご一緒することになった。
 雪蹊寺の西1キロメートルのところに、108連敗だったが、負け続ける事で逆に「負け組みの星」として人気をよんだ競走馬ハルウララの高知競馬場がある。ハルウララが今どうしているかは知らないが、その競馬場の近くを通って第34番・種間寺(たねまじ)に向かう。このあたりは春野町で水田がひろがり、すでに田植えをすませたところもある。台風が来る前に刈り取る早生米で、7月中旬過ぎには稲刈りをするらしい。
 農道のあちこちに、耕鋤機のタイヤの泥跡がまるで落書きをしたようにどこまでも続いている。乾いていた春泥は「ヘ」の字に見えたが、よく見るとてっぺんにすこし空間があり、「ハ」の字型であるなんて・眺めながらののんきな遍路である。     
(奥村)
竹林寺仁王門 親子(若い母と子)遍路 種崎渡船場