
雲辺寺五百羅漢像
人気の有る民宿はたくさんあるが、雲辺寺(うんぺんじ)7キロ手前の民宿「岡田」は超人気民宿で早めに予約を入れる必要があり、三日前に予約を入れたのだが、滑り込みセーフといったところで私だけが4畳半の一室となった。 夕方の5時頃に到着したのだが、親父さんがニコニコと「本日の一番遅いお遍路さんの到着で〜す」とおどけて歓迎してくれた。 夕食は8人のへんろ達が大きな座卓を囲んでの団欒のひと時となった。全くの家族的な雰囲気の中で苦労話やら情報交換となり、みなさん中々部屋に戻ろうとしない。 その中でも唯一の夫婦遍路の清水夫妻が「トンデル夫婦」とニックネームを付けられ大笑い・・・モタモタ歩いていたかと思うと我々より先の寺で待ち受けているので、不思議であり、お聞きすると・・・一般交通機関をうまく使いながらの遍路旅とのこと、それで「トンデル」となった次第だ。 壁には訪れたへんろ達と撮影した写真が所狭しと飾られており、我々も親父さんを真ん中にして集合写真を撮った。この写真は仲間の皆さんには2Lでプリント、民宿の親父さんにはA4でプリントしてお送りしたので今頃は団欒の部屋の壁に貼ってあると思う。 翌日この親父さんは私たち一人一人の出立をニコニコと笑顔で「お気をつけて!」と表に立って送り出してくれた。この時、同宿した三重県の藤田さんとは香川での結願の日の一日をご一緒する事になる。
第66番札所・雲辺寺は徳島と香川との県境にある標高910メートルに位置する古刹(こさつ)であり、寺は徳島県にあるが、ルート上は讃岐の国・香川の一番目の札所である。88ヵ寺の中で最も高い場所にあり、別名「四国高野」ともいわれる。香川県側にはロープウェイがあり、高低差約660メートルを一気に登ることができる。そのロープウェイの降り口の展望広場からは瀬戸内海がきれいに望められる。又、起伏にとんだ境内には等身大の五百羅漢像が立ち並び、壮観でありこの寺に趣を与えている。印象が深く残ったので、わたしのホームページ「であい」のリニューアルするに際し、トップロゴに使う事にした。
その日は、第71番札所・弥谷寺(いやだにじ)の531段の階段をやはり喘ぎながらあがっての巡拝を終えて、以降は快調な遍路行で午後2時ごろには善通寺市に入っていた。 弘法大師の生誕の地、第75番札所・善通寺は、さすが広大で・・・東院と西院からなる境内の総面積は45000uの由である。土曜日であったこともあろうが、多くの信者、見学者が訪れていた。中国より帰国した弘法大師自からが807年より6年の歳月を掛けて建立した真言宗最初の根本道場であり、紀州の高野山、京都の東寺とともに大師三大霊跡の一つであり、「善通寺」という名前は父君である「善通卿(よしみちきょう)」にちなんでつけられたものとのこと。金堂(本堂)、五重塔、御影堂(みえどう・大師堂)いづれも立派で・・・その日は宿坊泊りでもあり、ゆったりとお参りをさせていただいた。 宿泊者は無料だということで、早速に御影堂の地下で体感できる「戒壇めぐり」をすることにした。暗闇の中を左手で壁をまさぐり「南無大師遍照金剛」と唱えながら歩いていくと、丁度中央あたりで仄かな光がさして来て、そこには弘法大師やご両親が祀られており、骨格などから再現された厳かな弘法大師の重々しいお声が拝聴できた。宝物殿は、昨年お遍路に発つ一ヶ月前の2月に名古屋の松坂屋本店で「創建1200年善通寺展」が開かれた際の稚児大師像やご両親像、四天王像などをその時は、押すな押すなの状況で見学したのだが、ゆったりと拝謁することが出来た。 宿坊の大浴場は温泉がひかれており、中々良い湯で、疲れを取り除いて大食堂で夕食の席に着いた時、あのトンデル夫婦と会うことが出来たが、夫婦は翌日は金毘羅参りで終日過ごし、この宿坊であと一泊と、うらやましい(?)夫婦遍路旅である。
いよいよ結願の日が近づいてきた。
(奥村)
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