
からくり時計の前で
明け方には夜どうし降っていた雨もあがり、今日も天気ヨシ、久万高原町の宿を出立。 標高720メートルの三坂峠を越えて46番札所浄瑠璃寺(じょうるりじ)についたのは昼近くだった。境内には仏足石や仏手花判(ぶっしゅかはん・仏の指紋)があった。仏足石は素足であがるようにとある。 紐をといで靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、テーピングテープでガードした素足をむき出しにして、仏足石の足型に両足をそろえて立つ。 ・・・無事に結願できますように、わたしの足をお護りください・・・ と、胸のうちで念じる。 こういうことは素直に享受するのがわたしの信条。念じるだけで加護を授かるなら、遠慮なく慈悲にあずかる。釈尊も弘法大師も慈悲深い方だから、霊力を拝借してもすべて無償である。毒の有る蜜で脳みそが麻痺した役人や議員みたいに、「お前のために力を尽くしてやったんだ。忘れずに、あとで礼金を持参しろよ」なんて恩着せがましいことは言わない。 釈尊や弘法大師への敬愛と感謝を胸に、素直な心で念じるだけでいいのである。
以後、足の痛みも無く、結願までの14日間は脚力十分だったから、霊験があったのだろう。仏手花判の横には「なでて心身堅固文筆達成を念ずべし」と立て札が立つ。参詣の皆さんがしっかりなでているようで、銅版製の仏手花判は中央の部分だけピカピカに光っている。わたくしも文筆達成はともかくとして、心身堅固を念じながらしっかりなでてきたから、霊験あらたかとなるであろう・・・・・。
愛媛に入ってから雨に降られたのは、一日だけ。それも室戸や足摺にくらべたら、なんともやさしい雨であり、太平洋側と瀬戸内海側の気候の違いを如実に象徴している。 好天が続き第47番八坂寺(やさかじ)から第53番円明寺(えんみょうじ)までは、札所と札所間の距離もさほどないので順調に巡拝することができた。 愛媛は湯どころ、良い温泉が沢山あるよ!と遍路先達からの情報で、49番札所浄土寺(じょうどじ)を巡拝したあと、松山市鷹子町の「たかの子温泉ホテル」へ・・・。
「歩き遍路ですが・・・」と予約していたからか、ホテルの本館に通してくれた。いわゆる旧館であり古い建屋で部屋もだだっ広くて少々薄汚れているが、7500円で一泊二食と豪華な食事とお肌スベスベの上泉質の温泉(他の常連温泉客の話では、道後温泉の泉質より良いと言うより道後温泉の泉質が落ちてきているとのこと)に入れて、なるほどこれは、お値打ちであった。
第51番石手寺(いしてじ)は、松山では「お大師さん」と呼ばれる四国霊場を代表する名刹、数多くの寺宝や文化財を有しており、仁王門は国宝の指定を受ける石手寺のシンボルである。 仁王門の前は門前商店が立ち並び仏具用品や、みやげ物店が所狭しとならんでおり、ウィークディというのに沢山の人で賑わっていた。本堂の前でお線香をあげていると、声をかけてきた夫婦遍路がいたが、十夜ヶ橋でご一緒した福岡県の福島夫妻であった。彼らは区切り打ちでスタートが私と同じ卯之町で、石手寺を今回の最終として道後温泉で宿泊し帰省するとのことであった。一見仲の良さそうな夫婦であったが、NHK特集「ウォーカーズ」での様々な夫婦が思い出された。 いづれにしても老後に夫婦で歩き遍路が出来るなんてステキである。
せっかくであるので道後温泉に入ってみようと、大枚1200円也で浴衣・お茶・お菓子つきの霊の湯に入ったのだが、ふる〜い銭湯といった感じで1時間ほど居たが長居するところではなく、浴衣を着て2階の格子に腰をかけ、坊ちゃん気取りで外の風景に目をやった。 外へ出ると丁度正午の時報でからくり時計が廻りだし大正時代の服装をしたマドンナ風のレディーが近づいてきたので、傍に居たやはり当時の服装をした警察官にチョット背の高いマドンナとちょっと違和感の有る写真を写してもらった。 その警察官が紹介してくれた有名な「にぎたつ庵」での昼膳「桶料理」は、道後温泉にちなんで桶の中に瀬戸内の料理を盛り込んだもので中々の美味であった。
(奥村)
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